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熊本地方裁判所 昭和36年(行)7号 判決

原告 医療法人仁心会

被告 熊本国税局長

訴訟代理人 高橋正 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

原告訴訟代理人は「被告が原告に対し昭和三六年三月一〇日付でなした原告の昭和三四年度法人税に関する審査請求を棄却した決定のうち、原告の同年度分課税標準所得金額八四三万二、一〇〇円、法人税額三〇八万八、三八〇円を超ゆる部分はこれを取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は主文同旨の判決を求めた。

第二、原告の請求原因ならびに被告の主張に対する原告の主張

一、原告は昭和三二年八月七日設立された医療法人であるが、被告は原告の昭和三四年度法人税額を決定するにあたり、原告の課税の対象となる総所得金額を金九二六万六、四〇〇円その税額を金三四二万一、二三〇円、更に過少申告加算税額として金二万四、四五〇円を加算する旨更正決定をなした。

二、原告は右更正決定の取消を求めて被告に審査の請求をしたが、被告は昭和三六年三月一〇日原告の請求を理由なしとして棄却した。

三、しかし、被告の右棄却決定はつぎに述べるとおり失当であつて取り消されるべきである。

(一)、被告は審査請求の目的となつた更正決定において、課税標準額の算定につき、原告のなした原告法人の理事長訴外松下兼知に対する立替金を貸付金(以下本件貸付ともいう)と認定し、その昭和三四年度中の平均金額を金一二六九万七、三六一円と確定し、これに通常取得すべき利率日歩一銭八厘により計算した額八三万四、二一五円を認定利息として原告の益金に加算している。

(二)、しかし、法人がその役員に金銭を無償で貸付けた場合の経済的利益を法人の益金として計上するようになつたのは昭和三四年四月一日以降のことで、しかもその課税の根拠は昭和三四年政令第八六号による法人税法施行規則の改正およびこれに伴う通達にもとづくものであつて直接法律によるものではない。ところで、このように新たに課税の対象となるものを定めることは法律の規定によつてのみよくすることは憲法の保障するところであるから、右の規則は憲法に違反する無効のものというべきである。しかのみならず、本件無利息貸付は右施行規則改正前にかかるものであるから、このような貸付金に対しその後に施行された法令によつて課税することはその実質において税法不遡及の原則に反し、許されない。

(三)、右の主張が理由がないとしても、被告において認定利息として益金に計上したものは、原告にとつて利益の性質を有するものではない。すなわち、原告の訴外松下兼知に対する立替金は原告の業務運営に欠ぐべからざるもので、法人税法にもとづく通達(昭和三四年八月二四日直法一―一五〇)にいわゆる「その貸付が形式的には役員に対してされているが、実質的には当該法人の業務を遂行するためにされたもの」であるから、その利息とみられるものについては税法上の益金の計算から除外されるべきものである。

なお、原告がその業務の遂行として同訴外人に対し立替金として貸付をなすにいたつた理由はつぎのとおりである。

原告法人の設立に際しては訴外松下兼知個人から同人の所有にかかる家屋の一部および病院備付の医療機械・器具、給食施設等すべて現物出資として提供してもらい、その他の所有家屋を同人から賃借し、また、同人所有の農園を原告法人の治療施設として無償にて借り受け、原告法人の業務を開始したのである。このような事情のもとに発足した原告法人としては同訴外人からの出資現物と同人から借り受けた家屋および農園が原告の業務遂行にとり不可欠の要素となつていたところ、当時同訴外人には未納税金とその他多額の負債があり、しかもこれらの負債を急速に支弁する目途も能力もなかつたので、もし、原告においてこれらの負債の立替払をしないとすると、おそらく、(1)、現物出資物件については詐害行為の訴が提起され、原告の業務に重大な支障をきたし、(2)、賃借家屋について公売または強制競売をうけるとすると、たといその法律上の使用関係自体には消長をきたさないとしても、原告法人に対する一般的信用ないし患者に対する精神上の悪影響、果ては競落人との間の賃料の調整などその及ぼす影響は計り知れないものがあり、(3)、無償借受の農園については強制執行後の使用関係は根抵からその存在を脅やかされる虞れがあり、精神病患者の作業療法に必要な農園の確保もなしがたくなる状態にあつた。そこで原告はその業務遂行はもとより自己存立のため右の立替による貸付をなしたものであつて、この貸付のことは原告法人設立当初の昭和三二年八月八日の役員会において必要性を認め決議を経ていたものである。

(四)、かりに、右の主張が理由がないとしても、原告の右の貸付金の認定利息を益金に計上することは失当である。その理由は本件貸付金をもとに通常取得すべき利率により計算した利息の額は被告主張のごとく賞与と解すべきではなく、給与の一部と解すべきものであるからである。すなわち、

原告法人においては前記のとおり昭和三二年八月八日の役員会において右訴外人に対する所得税、県税、市町村民税、その他の税金について原告法人が立替払をなし、これに対する金利は徴しない旨決議がなされ、この決議の執行として本件貸付がなされているものであるから、原告法人は同訴外人に対し「貸付金に対する無利息なる経済的利益」を継続的に支給したことになるところ、法人税法施行規則第一〇条の三第三項によると、給与とは「賞与及び退職金以外の給与」である旨規定し、更に同第四項において賞与とは「臨時的給与」であることを規定しているので、本件貸付金についての無利息なる経済的利益は賞与ではなく給与と解すべきであり、右給与の決議は社員総会において決議されているので、役員の報酬の一部を総会において決議したことになり、法人税法施行規則第一〇条の三第一項に規定する限度内の金額であるので、法人の益金として計上されるべきではない。

(五)、被告は同訴外人に資産があつて原告の立替払の必要がなかつた旨主張するけれども、原告法人設立当時同訴外人の負債と資産の関係は別紙記載のとおり資産合計は金一九三〇万六、〇二九円、負債総額は金三二四七万四、二九三円で実に金一三一六万八、二六四円の債務超過となつており右預金関係のうち銀行預金は別に借り入れる場合の見合い預金となつていたので、これを引き出すことはできず、預金として直ちに利用しうるものは僅かに金四一七万九、七〇〇円にすぎず、不動産関係は直ちにこれを処分することは甚だ困難であり、なお、原告法人に対する債権は出資の剰余金であつて到底直ちに金銭に転化しうる性質のものではない。

これに反し、同訴外人個人の債務は銀行等の借入金を除き次々に支弁すべきものが金二二〇〇万〇、六九七円に及び原告より立替払をしなければ支払不能の状況にあつた。

(六)、原告法人の同訴外人に対する無利息貸付が被告主張のとおり、昭和三四年度首において金一九三七万〇、〇六三円で、同年度中の平均貸付金が被告主張のとおり金一二六九万七、三六一円であること、原告の貸付金について通常取得すべき利息が日歩一銭八厘であることはいずれも認める。

第三、被告の答弁ならびに主張

一、原告の請求原因事実中一、二の事実ならびに三、のうち(一)の事実は認めるが、その余の事実および主張は争う。

二、被告が原告に対してなした昭和三四年度の法人税の課税処分は適法であつて原告主張のごときかしはない。

(一)、法律不遡及の主張に対する反駁、

原告が訴外松下兼知に貸付けた金銭の額および同訴外人から返済をうけた金額の月別合計表は別紙記載のとおりであつて原告主張の法人税法施行規則第一〇条の三第三項施行後に貸付けたのもあるし、またたとい右施行規則施行前に貸付けたものであつたとしても、同規則は同規則施行後である昭和三四年四月一日以後に終了する事業年度中の法人税について適用するのであるから(同規則附則第二号参照右規則は不遡及の原則に違反しないし、本件課税は右規則施行後の事業年度である昭和三四年四月一日から昭和三五年三月三一日までに生じた利息を認定し、当該利息を原告法人の役員である訴外松下兼知に対する賞与と認めて原告の益金に計上したものであるから、被告の課税処分に原告主張のごとき違法はない。

(二)、本件貸付が業務を遂行するためになされたものであるとの主張に対する反駁、

訴外松下兼知は昭和三二年五月三一日現在において株式会社冨士銀行鹿児島支店に金一五〇万円、同年六月三〇日現在において株式会社鹿児島銀行国分支店に約四五〇万円同年五月二一日現在において福山町農業協同組合に約金九〇〇万円の各預金を有しているので当該預金で未払税金等の負債を自から支払うことができた筈であるし、かりに右預金をもつて負債を完済することができないとしても、当該預金および原告に賃貸した土地・家屋ならびに山林を担保として金融機関より借入れをすることによつて同人の未納税金等の債務を完済することができるのは勿論、銀行より借入れた場合の返済に対しては同訴外人およびその家族の昭和三四・五年度の所得の状況よりみて同訴外人の個人所得をもつて返済することも可能であると認められるので原告よりの貸付金を求める必要性は毫も存しないのである。のみならず、昭和三四年八月二四日直法一―一五〇の「その貸付が形式的には役員に対してされているが、実質的には当該法人の業務を遂行するためにされたものと認められるもの」とは、たとえば形式的には貸付であるが実質は前払給料、概算旅費、前渡金である場合、その他会社が他会社の株式を取得する場合に会社自体の名を出さず、一応会社役員の名で取得の代行をさせ、その代金を役員に貸付ける形式にするとか、役員が法人のために物を買付けた場合の手付金を貸付形式にするとかのごとく最終的には法人の負担に帰すべきものを一時貸付の形をとる場合のことをいい、単に会社の業務に関係がある程度の行為では足りないものであるところ、本件貸付金は訴外松下兼知個人が支払うべき所得税・県民税・町村税・生命保険料・農園経営のための経費(農園についてはそれが同訴外人個人の経営であることは、それからの収益が同人個人の所得に帰属していることによつて明らかである。)、田畑耕作のための経費、建物建築のための経費、原告法人設立前の個人としての病院経営のための経費等の支払に充てられていることからして到底「実質的には当該法人の業務を遂行するためにされたもの」とはいえず、右認定利息を益金に計上したのは正当であり、原告の主張は理由がない。

(三)、本件無利息貸付が役員たる訴外松下兼知に対する報酬であるとの原告の主張に対する反駁、

法人税法施行規則第一〇条の三、第一項に規定する役員の報酬とは同第三項において「役員に対する賞与、退職給与金以外のものをいう」と定めているが、同項で給与に含まれているいわゆる経済的利益のすべてが役員に対する報酬とはならないのである。そのことは同項の括弧書によつても明らかなとおり「債務の免除等による経済的利益」は同第四項に定める役員に対する賞与の中にも含まれているのであつて「債務の免除等による経済的利益」とは昭和三四年八月二四日付直法一―一五〇国税庁長官通達(乙第二一号証の一)中二九の1から12までに掲記されているように法人がこれらの行為をしたことにより実質的にその役員に対して給与を支給したと同様な経済的効果をもたらすものをいい、その経済的利益である給与は役員に対する報酬と賞与とに区別されるのである。(昭和三四年一二月二八日付直法一―二四〇国税庁長官通達―乙第二一号証の二)。しかして、役員に対する無償又は低利率貸付による給与については、右直法一―二四〇で区別しているとおりそのうち住宅購入等のための長期貸付金にかかるものは報酬とみ、その他のものは賞与とみるべきであり、本件訴外松下兼知に対する無償貸付は賞与にあたるといわなければならない。かりに、報酬と認めるべきであるとしても、原告が係争事業年度に右訴外人に支給した報酬の年額総計は金一七七万四、四〇〇円(月平均約一五万円)であり、右報酬金額以外に前記利息相当額金八三万四、二一五円(月平均約七万円)を右訴外人の報酬に加算すると、右訴外人の報酬は同人の職務の内容、原告法人の収益、その使用人に対する給料の支給状況および原告法人の事業規模と類似する他の医療法人の役員に対する報酬の支給状況に照し、不相当に高額であると認められるから、法人税法施行規則第一〇条の三第一項の規定により右利息相当額である金八三万四、二一五円は原告法人の所得の計算上損金に算入することはできないものである。

第三、証拠関係〈省略〉

理由

一、原告の請求原因事実一、二の事実、三の(一)の事実ならびに原告が原告法人の役員訴外松下兼知に対し無利息で貸付けた金額が昭和三四年度首において金一九三七万〇、〇六三円、昭和三四年の事業年度(昭和三四年四月一日から同三五年三月三一日まで、以下本件係争事業年度という。)の平均貸付金が金一二六九万七、三六一円であること、原告法人の貸付金について通常取得すべき利息が日歩一銭八厘であることはいずれも当事者間に争いがない。

二、また、原告法人の本件係争事業年度における課税の対象となる総所得額が右訴外人に対する無利息貸付の認定利息を益金に計上するにおいては被告が更正決定したとおり金九二六万六、四〇〇円となることは原告において明らかに争わないのでこれを自白したものとみなす。

しかして、課税の対象となる総所得が右の金額であるとすると、その税額が金三四二万一、二三〇円となることは法人税法第一七条による税率の計算上明らかである。

三、そうすると、本件事業年度における被告の原告に対する課税したがつて本件更正決定の適否は、もつぱら右認定利息を益金に計上したことにかかるところ、原告はこれが違法を主張するので、その当否を検討する。

(一)、第一に益金加算の根拠規則である法人税法施行規則第一〇条の三第三項は法律に基づかずして新たに課税の対象を創設したものであるから憲法に違反するとの点について考察する憲法第八四条、第三〇条は国民は法律の定めるところにより納税の義務を負い、あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには法律又は法律の定める条件によることを規定し民主主義法治国家の根本原理である租税法律主義を宣言している。

本来租税法律主義は納税義務者(租税主体)、課税要件事実(租税客体)、課税標準、税率、課税標準の申告、税額の納付、更正・決定処分、行政救済、罰則は、すべて法律をもつて定めることを要求するのであり、わが国の租税立法の実際についてみると、右の事実は一応充足されているのであるが、課税要件事実、課税標準については広範囲にわたり政令、省令への委任がなされている。租税法律主義の建前から考えれば、委任は手続的なものに限定し、主体的規範については努めてこれを避けるべきである。もつとも、右の委任が法律の委任に基づいているかぎり、形式的には違憲ではないが、その委任の範囲が実体的規範の広範囲に及び法律では大綱だけが規定され、これを補充する規定は実際上いかなる内容をも受けいれることのできる領域においてまで法の設定権限が行政権に委任されるような法規命令は憲法上認められない。これに反し特定の補充命令の合憲であることは疑義がない。

これを法人税法施行規則第一〇条の三について考えてみるに、該規則は昭和三四年法律第一九六号による改正前の法人税法第九条第七項(現行法では第八項)の委任にもとづく政令であるところ、右法人税法第九条第七項の委任の範囲は所得の計算に関する個別的計算のうち、同条第二項ないし第六項及び第九条の二ないし第九条の九に規定するものを除いた他の個別的計算について委任しているので、その関係からすると委任の範囲は圧縮されており、前同条の委任に基づいて法人税法施行規則により定めているのは資本的支出の限界、固定資産の圧縮額の損金算入、貨倒準備金を始めとする諸準備金及び退職給与引当金の損金算入、資産の評価損益、所有株式の帖簿価額、その他損金に算入されない税金等の規定である。これらの規定は所得の計算上重要な事項であり、右委任の範囲もいささか広範囲に亘るきらいがあり、決して好ましいありかたではなく、将来法律に規定するようになすべき部分もあると考えられるけれども、租税関係における具体的な経済的利益なるものは、たえず進展し、かつ、複雑化する経済界の実情に即応して捕促しなければならない。この現実の問題をその立法自体のもつ技術的、期間的関係に関連して考えると、いまだもつて違憲と断ずることはできない。

また、右施行規則をうけてだされた国税庁長官通達(昭和三四年八月二四日直法一―一五〇)第二九において規則第一〇条の三第三項に規定する「債務の免除等による経済的利益」について取り扱いを統一し、その8において「法人が役員に対して金銭を無償又は通常の利率よりも低い利率で貸付(その貸付が形式的には役員に対してなされているが、実質的には当該法人の業務を遂行するためにされたものと認められるもの及び災害、疾病等により臨時的に必要となつた生活資金の貸付を除く、)をした場合における通常取得すべき利率により計算した利息の額と実際徴収した利息との差額に相当する金額を法人が実質的に役員に対して給与を支給したと同様の経済的効果をもたらすもの、としたのも、右規則の趣旨に合致するものといえるので、右通達のとおりに取り扱うかぎりにおいてはその措置は憲法違反の問題を生ぜしめないといわなければならない。

(二)、つぎに訴外松下兼知に対する無利息貸付は右施行規則施行前になされたものであるから、この貸付に対しその後施行された規則に基づいて課税することは租税不遡及の原則に違反とするとの点について検討する。

右規則第一〇条の三第三項の施行前において法人が役員に対し金銭を無償又は通常の利率より低い利率で貸付けた場合に通常取得すべき利率により計算した利息の額と実際徴収した利息の額を法人の益金に計上していなかつたことは弁論の全趣旨により明らかであり、被告において原告法人が右訴外人に無利息で貸付けたものとして利息認定をしているもののうち、金一九三七万〇、〇六三円は昭和三四年四月一日以前のものであることは当事者間に争いがなく、右規則が施行されたのは昭和三四年四月一日であるから、右改正規則に基いて右金一九三七万〇、〇六三円の貸付金に対し、昭和三四年四月一日から昭和三五年三月三一日までの本件事業年度における益金に計上すべき利息を認定することは貸付の時期を基準にすると、まさに規則施行前の貸付に対し課税することになる。

ところで、無利息貸付ということは、貸主にとつては本来貸付行為によつて当然取得すべき利息相当額の利益を失うに反し、相手方は同額の利益を得ることになるのであるから、これを実質的にみると貸主から相手方に利息相当額の価値の移転があつたことになり、この無償給付という価値の移転は現実には貸付当時ではなく、その後の本件事業年度中において発生することになるので、その発生した事業年度が規則施行後であれば、実質的には規則実施後に発生した利益に対し課税したことに帰するから、租税不遡及の原則に反することにはならない。

(三)、つぎに、原告主張のように本件無利息貸付は「その貸付けが形式的には役員に対してされているが、実質的には当該法人の業務を遂行するためにされたものと認められるもの」として損金に計上すべきであるかどうかについて検討する。

法人税法施行規則第一〇条の三は過大な役員報酬の損金不算入を規定したものであるが、同条第三項においては役員に対する給与のうち報酬又は給料がいかなるものであるかということと、その役員に対する給与とみるべきものとして債務の免除等による経済的利益をも含むことを規定し、同条第一、二項において役員に対する給与のうち過大な報酬にあたるものは損金に算入しないこととし、賞与にあたるものは同第一〇条の四で損金不算入を規定しているのである。

ところで、右の債務の免除等による経済的利益として給与にあたるとされるものについて考えると、その利益なるものは実質的な利益、すなわち実質的に法人から役員に価値の移転があつたものでなければならないし、単に形式上役員の利益名義になつているにすぎず、価値の移転のないものをも給与とみることは税法の原則である実質課税に反することになる。昭和三四年八月二四日付国税庁長官通達直法一―一五〇第二九(8)において「その貸付が形式的には役員に対してされているが、実質的には当該法人の業務を遂行するためにされたものと認められるもの及び………を除く」としたのはまさに右のことを明らかにしたものである。

このような単に形式上役員に対する利益のごとくなつていて実質上価値の移転のないものとは、被告主張のように、たとえば形式的には貸付であるが、実質は前払給料、概算旅費、前渡金である場合、役員が法人のために物品を買付けた場合の手付金を貸付形式にするがごとく最終的には法人の負担にすべきものを一時貸付の形式をとる場合をいうわけである。換言すれば、前記通達は、本来法人の負担すべきものである場合にはそれについて無利息貸付の形式をとつたからといつて利息を認定することは不合理であるから益金に計上しない趣旨を明らかにしたものというべきである。

これを本件の無利息貸付形式による立替払についてみると、その本来の債務が訴外松下兼知個人の支払うべき所得税・県民税・町民税、生命保険の保険料、農園経営のための経費等いずれも同人の個人債務であること自体は当事者間に争いがないのであるから、原告法人が最終的に負担すべきものを支払つたものでないことは明らかであり、右貸付金をもつて実質的に当該法人の業務を遂行するためにされたものと認めることはできない。(なお、貸付自体は右にいう法人の業務の遂行ではないとしても、貸付を無利息にすることが右の趣旨における法人の業務であるというがごとき場合は考えられない。)原告は右の無利息貸付をしないと法人の存立自体が危機にさらされる状態にあるのであるから、右の貸付は実質的には法人の業務自体であると主張するけれども、法人税法上益金として計上するのは貸付金そのものではなく、無利息で貸付けたその無利息の利益であるから、たといその貸付をすることの如何が法人の存立に影響することがあるとしても、その貸付により実質的に価値の移転があれば税法上はこれを益金として計上すべきものといわなければならない。

(四)、よつて、すすんで、訴外松下兼知に対する本件無利息貸付についての認定利息が役員たる同人に対する賞与にあたるかどうかについて検討する。

法人の役員に対する給与は報酬と賞与とに区別されるのであるが、そのうち報酬とは定款または株主総会(社員総会)の決議によつてあらかじめ定められた報酬総額の範囲内においてその役員の職務の執行の対価として法律上支払が義務づけられているものをいうのであるが、本件松下兼知に対する無利息貸付は役員たる同人の職務執行の対価として給与したものと認めるべき証拠はなく、無利息貸付にしたことは、原告の主張自体と証人堀切維保の証言に原告代表者松下兼知本人尋問の結果を総合すると、右松下が多額の現物出資等をして原告法人を設立したことに対する謝礼の趣旨であつたことが窺知され、この認定を動かすに足りる証拠はない。そうすると、本件無利息貸付の認定利息は役員の職務の執行に対する報酬ではなく、賞与と認めるのが相当である。(成立に争いのない乙第二一号証の二によつて認められる昭和三四年一二月二八日付国税庁長官通達直法一―二四〇の四二によつて報酬と賞与との具体的区別をしている区別内容も右の趣旨を明らかにしているものと認められる。)

なお、証人堀切維保の証言によつて直正に成立したと認めうる甲第三号証によると、本件無利息貸付は原告法人の臨時総会において昭和三二年八月八日決議されたものであることが認められるけれども、右決議の事実は前認定の妨げとはならない。

右のとおり、本件無利息貸付による認定利息は賞与と認められるので、被告の過大な役員報酬の仮定主張については審究しない。

四、叙上認定のとおりであるから、被告が本件係争事業年度における訴外松下兼知に対する本件無利息貸付の認定利息を賞与として原告の益金に計上したことは正当であり、右を益金に計上することによる本件事業年度における原告の課税の対象となる総所得金額が被告主張のとおり金九二六万六、四〇〇円となりその税額が金三四二万一、二三〇円となることは冒頭認定のとおりであるから、被告のなした本件更正決定は正当である。

よつて、該更正決定の取消を求める原告の本訴請求は理由がないから棄却することにし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 後藤寛治 志水義文 畑地昭祖)

(別紙省略)

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